2012年1月21日 (土)

大寒2012

今日は「大寒」です。昨晩から小雨,時折霙(みぞれ)模様のお天気です。つくば市街では雪になりませんが,おそらくつくば山頂では雪ではないかと思い筑波大の山頂のカメラをのぞいてみると,やはり真っ白です。明日晴れれば,こんな感じで
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雪山気分を楽しめるのですが
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残念ながら,明日の天気もあまりよくありません。

今シーズンは11月の天候が暖かだったので寒さに対して油断していましたが,ここへ来ての冷え込みは身にしみます。

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2011年7月10日 (日)

震災に伴う高速道路の無料措置

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午前中,水戸で会合がありました。

常磐道を水戸ICで下りるとき,料金所の一般レーンに車が10台ほど並んでいました。水戸IC以北は,震災の伴う高速道路無料措置の対象区間なので,その影響でしょうか?

つくば市でも「被災証明」を発行しているそうですが,たいして被災もしていないのに無料措置の恩恵を受けるのも気が引けるきがします。反面,8月末までに週1位のペースで水戸近郊まで行くので,利用しない手はないとも思っています。

もっとも平日に市役所の窓口まで行くことが難しいのですが…。

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2011年7月 9日 (土)

梅雨明け

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梅雨が明けました。
今年は梅雨の入りも早かったですが,明けるのも早かったですね。上旬に梅雨明けしてしまう年は,近年記憶にないのですが…

それにしても暑い(-_-;)

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2011年5月17日 (火)

第21回かすみがうらマラソン大会の参加賞

帰宅したら,中止になった「かすみがうらマラソン大会」の参加賞が届いていました。子どもたちは,早く中が見たくてずっと父の帰りを待っていたようです(^_^)
じゃじゃーん
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「わーカッパ!カッパ!河童」
「昔,霞ヶ浦に浮いていたアオコみたい」
おいおい
散々な言われようですが,実物は画像よりももっと鮮やかな緑色なので,ランニングの時にしか着られないな~と思う父でした。霞ヶ浦をあしらったデザインは悪くないと思うのですが。

もう一つ,ランニング用のポーチが入ってました。
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もともと参加賞として用意されていた物なのか,中止になったので追加された物なのか分かりませんが,実はあると便利そうだなと思っていたので,この参加賞はうれしいです。
ランニングをするときに,家の鍵や小銭をウエストポーチに入れて走ると中で暴れます。しかし,このランニング用のポーチは伸縮素材で出来ているので,中身の小物が押さえ込まれて暴れません。

早速,オーディオプレイヤー(といっても私が使っているのは重いICレコーダーなのですが(^_^;)を入れて走ってきました。

参加賞と一緒に大会の収支書が同封されていました。新聞でも報道されていましたが,中止に伴う大会の残金6,166万5,313円を東日本大震災の義援金として日赤茨城県支部に送ったそうです。
収支書を見ると,今まで気にもしなかったスポーツ大会の台所事情が見えてきて,なかなか面白いです。
その件は,また近いうちに書きたいと思います。

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2011年5月 2日 (月)

忌野清志郎 三回忌

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2011年4月14日 (木)

いつの間にかサクラも散り始め…

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3月中の年度末の事務処理,地震,そして4月に職場での異動があり,怒濤の日々を過ごしています。新しい職場での仕事や人間関係に気を遣い,どっと疲れます。

気が付けばサクラもとうに満開を過ぎ,散り始めています。
筑波山の春の妖精たちも咲きそろった頃でしょうか。入山禁止も解除になったようなので足を運んでみたいものです。

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2011年3月19日 (土)

大震災から1週間

未曾有の大震災から1週間が過ぎました。
被災された多くの方々に心からお見舞い申し上げます。

私のところは大きな被害もなく無事に生活しております。
地震後数日は断続的に水道が止まりましたが,今は復旧しています。ガソリンの不足でやや窮屈な生活をしておりますが,通勤だけならば暫くは大丈夫そうです。

テレビに映し出される被災各地の様子を見るとただただ呆然としますが,自分の出来ることをひとつひとつがんばろうと思います。

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2011年2月 7日 (月)

スーパーボウルのCM


アメリカ最大のスポーツイベント,スーパーボウルの決勝が行われました。ゲームの勝ち負けもさることながら,テレビの視聴率やハーフタイムショーなど話題には事欠きません。

スーパーボウルの試合中に流されるテレビコマーシャルの料金は10数秒で億の金額だとか(@_@) そのため各社,この日のために気合いを入れて新作CMを用意するようです。

貼り付けた映像は,フォルクスワーゲン,パサートのCMです。ミニ・べーダー卿が家中練り歩き,「フォース」の威力を試していきます。
最後のリアクションがなんとも可愛く最高です。
YouTubeで1500万アクセスを越えているのにも驚きです。

こんな素敵なCMを1分間も流せるなって,アメリカの自動車業界も息を吹き返してきたということでしょうか。もっともビック3ではなく,VWというところがなんとも。

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2011年1月 3日 (月)

虫垂炎(入院編)

手術後の執刀医の説明が終わったころに,カミさんが入院生活に必要な物を持ってやってきました。ちょうど娘も手術室から出てきました。「がんばったね」と声をかけると,こっくりと小さくうなずきました。まだ麻酔が効いているようでした。

病室に通されると,点滴に酸素マスク,そしてお腹からはチューブが出ていて,その先にバックが着いています。バックの中には赤い体液?が少量見えて,びっくとします。私自身は入院したこともお腹を切ったこともないので,入院生活が実際どんなものか,術後の痛みがどのくらいなものなのか体験として分かりません。痛みで顔をしかめる娘を見て,なんとも居たたまれません。

麻酔が覚めてくると,やはり手術の傷が相等痛いようで,「痛いよ。痛いよ」と言っています。点滴に痛み止めを入れているようですが,違うものに変えてみると言うことでした。しばらくすると少しは落ち着いてきたようなので,後はカミさんに任せて私は自宅に帰ることにしました。この夜も痛みはだいぶ続いたようです。

30日
Sdscf0786_2朝,カミさんの朝食を持って病院へ。娘の方は,まだまだ傷口が痛いらしく,顔色も冴えません。それでも昨夜はベット脇のポータブルトイレで用が足せたらしく,看護師さんからも「がんばったね」と声をかけられると笑顔が見えます。

午前中の回診の後にカミさんは自宅に引き上げます。基本的には看護師さんが身の回りの世話も一切してくれるのですが,子どもが心細いだろうと思うのでカミさんと交替で看ることにしました。隣のベットの中学年くらいの男の子は,家族の付き添いもなく日中はほとんど一人でした。

Sdscf0789 とにかく術後はどんどん動いた方がいいらしく,お昼近くと午後には,小児病棟の廊下を歩くリハビリを行いました。ベットから起きあがるときに傷が痛いらしく,8000mでの無酸素登山はこんな感じか?と思うほどのゆっくりした動きでベットから立ち上がります。お腹から出ているチューブが引っ張られると特に痛いようです。

午後になると多少痛みも和らいだのか(慣れたのか)余裕が出てきて,プレイルームにあるマンガを読み始めました。大好きな「名探偵コナン」が50冊以上あるので大喜びです。
この日は食事は出ずに,ずっと点滴でした。水は朝から飲んでもOKでした。午後にはスポーツドリンクも飲みました。おならも出て順調に回復しているようです。

夜にカミさんが来て交替です。付き添い用のベットがあるわけではないので,イスを二つ並べベットの端に足を伸ばしてL字型に横になるらしいのですが,これは大変です。

帰り際に救急外来の受付を通ると,大勢の人がいました。受付待ち時間:一般1時間,小児科2時間の看板が出ていました。おでこに冷却剤を張って毛布にくるまれた子どもたちがたくさんいます。親御さんも不安そうです。早く元気になってねと祈りながら病院を後にします。

31日
午前中の回診で,お腹のチューブを抜くことになりました。親は部屋から出されてしまったので見ていないのですが,麻酔も何も無しでスッとぬいたらしく,娘の「痛いよ~」という絶叫が聞こえました。しかし,チューブが抜けたことによって痛みもさらに減り,動きも速くなってきました。トイレに行ったり,読み終えたマンガを交換しに行ったりと自分でも意識して動くようにしているようでした。

Sdscf0791お昼からは昼食も出ました。「食べられるだけでいいからね」と看護師さんい言われていました。おかずは半分ぐらい食べていましたが,御飯は2口食べただけでした。丸2日ぶりの食事なので,小粥かと思っていましたが普通の白米だったのでちょっとビックリでした。

夕方の食事には「おそば」が出ましたが,これも数口食べてお終いです。天ぷらは全部食べていましたが。本人「コーンスープかカボチャスープが飲みたい」だそうです。

結局,姉とカミさんは病院,私は自宅,妹はおばあちゃん宅で,それぞれ大晦日の夜を過ごし,新年を迎えることになりました。明日は退院できるかなぁ~。

2011年1月1日
9時頃に病院に行くとすでに朝食も済み,枕元にはマンガが積み重なっていました。10時過ぎに回診のお医者さんが来て「お家に帰りたい?」と聞かれると,小さくうなずく娘。「じゃあ,帰ろうか!」とお医者さん。点滴も外され,「昼食はいらないですよね」と確認され,退院に向けての手続きをすませます。会計は後日と言うことでした。(お正月だから?)

ふり返るとあっという間の4日間でした。腹痛の原因が分かるまでの半日は待ち時間も多く長く感じましたが,それからはあっという間でした。健康でいられることをありがたく思う4日間でした。
また,年末・正月という世間では社会生活がストップする時期にもかかわらず,お医者さんや看護師さん,事務職員の皆さんをはじめ,売店やレストラン,清掃員の方々などが粛々と働き,病院が24時間機能していることに感謝する4日間でもありました。

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2011年1月 2日 (日)

虫垂炎

実は年末に上の娘が虫垂炎(盲腸)で入院しました。娘の病気もブログのネタにするのか!と叱られそうですが,まあこのブログは家族の記録でもあるので書きたいと思います。

28日の夜に「お腹が痛い」と言って夕飯も食べずに早々に床につきました。しかし,なかなか寝られないようで何度もトイレに行きます。しかし出ないようです。もどしてもいましたが,吐く物がないので胃液しか出ません。この時にはノロウイルスによる胃腸炎を疑っていました。

29日10時頃,市内のかかり付けの内科医院で受診。体温は7度4でした。先生はお腹を押したり,聴診器で診察したりしながら「年末の休みに入ってしまうし,虫垂炎や腹膜炎の可能性もあるから大きな病院でCT検査をしてもらいましょう。」と仰いました。
「虫垂炎」という全く予想していない病名が出てきたので驚きました。

11時20分頃,市内の総合病院に。すでに年末体制で救急受付しかありません。紹介状を出して,トリアージがあって小児科外来にいきます。
12時過ぎ,小児科医も混んでいましたが,診察があり,採血をしました。白血球の値も高いので,虫垂炎の可能性も高いという診断でした。CTを撮ればはっきりするということでした。すぐに嘔吐止めや造影剤の入った点滴を受けますが,CT検査が大変混んでいてなかなか順番が来ません。事態の深刻さを感じたせいか,娘もお腹が痛いよと半泣きになります。待合室のソファーに横になって長い間待ちました。

13時20分やっとCT検査の順番が回ってきました。

14時20分小児科の先生の診察があり,虫垂とその周辺がかなり腫れているとのこと。ここまで腫れていると手術の必要があると言うことでした。手術は救急外来の外科医が担当するので救急外来に移動します。小児科のロビーでかかっていた「魔女の宅急便」の2回目がちょうど終わるところでした。

15時10分,救急外来の診察室でやっとベットで横になれました。しばらくして外科医の先生がいらして,できるだけ早く手術をした方がよいと言うことでした。ただ,手術室の空きや,年末体制になっているのでスタッフの確保ができるかどうかによって,明日になるかも知れないと言うことでした。とにかく入院することは決定しました。「手術」という思わぬ展開にあわてますが,痛がる娘を前にできるだけ早く手術をお願いしたいと願う父でした。

16時近くになって先程の外科の先生が「16時40分から手術を行います」とのこと。これまた急な展開に驚きますが,どうせするなら炎症が少しでも広がらないうちに手術をして欲しいと思っていたのでホッとします。虫垂炎や手術の説明,同意書の記入,入院の手続きをして,カミさんに連絡をしているとあっという間に手術の時間です。

16時30分 手術室に入る娘を見送ります。

18時20分 手術が終わり執刀の先生から説明を受け,切除した虫垂を見せてもらいました。大人の人差し指大のサラミソーセージのような感じです。「やはりずいぶん腫れていました。周りも少し炎症を起こしていて膿が出る可能性があるので,膿を出すためのチューブがお腹から出ています」とのことでした。

もう少し早く親が気づいてあげられれば切らずに薬で何とかなったかも知れないという悔恨の思い九割と,年末は泊まりでスキーに行く予定だったので宿泊先で痛み出すようなことにならなくてよかったという安堵の思い一割といった感じです。

さて,年末の入院生活が始まりました。(つづく)

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