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2005年12月19日 (月)

掩体壕

12月とは思えぬ寒い日が続いています。週末はやっと平熱に戻りましたが,頭が痛かったりフラフラしたりと,とても遊びに出かける気力はなかったのですが,どうしても外せない所用があり,日曜日の午後から出かけてきました。

ついでなので帰りがけに以前から「ある」という話は聞いていたのですが,今ひとつ所在が分からなかった「ある物」を探しに行ってみることにしました。

場所は,阿見の自衛隊駐屯地の近く。あちこち探せば見つかるかな,ぐらいの気持ちでいたのですが,身体もしんどいので人に聞いてしまえ!と思い自衛隊のフェンス脇の畑で作業をしていた老夫婦に「ある物」の所在を聞いてみました。「零戦を隠した防空壕みたいな物があるって聞いたんですが?」なんてまわりくどい聞き方をしたら,「あぁ~,掩体壕(えんたいごう)ね」などと言われてしまいました。地元では有名な物なのかと思ったのだが…

お話を聞くと,この方はかつては海軍霞ヶ浦航空隊にお勤めで,終戦とともに霞ヶ浦飛行場が農地として解放されたのでそこを開墾し農業をはじめられたそうです。飛行場の芝生やコンクリートを人の手だけで開拓し,何十年もかけてやっと今のような耕地にしたというお話でした。「今でも,そこの土の下50cmには軽トラぐらいのコンクリが埋まってるよ」と話してくれました。

掩体壕の所在地も詳しく伺うことができ,さっそく行ってみることにしました。場所は,何のことはない,何度も通ったことのある県道の脇の民家の裏庭でした。entaigou

ここまできたら,このお宅でも話を聞いてみようと思い,訪ねましたがあいにくお留守でした。個人宅の敷地の中の物を勝手に写真に撮ってしまう事に(しかも,こんなところで公開してしまうことに)少し抵抗を感じつつ,しっかり写真を撮ってしまいました。(ちなみに,撮影は隣のパチンコ屋の駐車場から撮りました。留守宅へ勝手に不法侵入したんじゃないぞぉ,と言い訳をしたりして)

県内には,このような掩体壕が旧陸軍・海軍の飛行場跡地に数十基残されているそうです。年々その数は減っているようです。しかも,ほとんどは屋根がなく土塁をUやW型に盛り上げてその中に飛行機を待避させた無蓋掩体壕のようです。写真のような有蓋掩体壕は,ここと鹿嶋市にしか現存しないようです。所有者の方が解体せずに今も残されているということは,歴史的意義を考えられているのかもしれません。(機会があったら,ぜひお話を伺いたいものです)

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