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2005年8月31日 (水)

国際都市「つくば」を感じるとき

いまだに「まつりつくば」の話題で恐縮ですが…

「まつり」で楽しみにしていたことの1つに「出店(露天)」がありました。子どもたちは風船やおもちゃのお店に興味津々でしたが,親の方はエスニック料理のお店を楽しみにしていました。5月頃に行われたお祭り(正式な名称は忘れてしまいました。「国際交流フェス」のような催し)の時にも,いろいろなお店が出ていたので,今回も期待していました。

今回もありました。韓国(朝鮮)のチヂミや焼き鳥,中国の点心,インドのカレー,トルコのシシカバ,沖縄のそば,ゆかりの森長寿庵の手打ちそば…まだまだいろいろなお店がありました。家族で少しずつ,いろんな味を楽しみました。karee 

今回一押しだったのが,写真のナンと野菜カレーです。カレーもとてもおいしいのですが,ナンはその場で釜で焼いていて,熱々で大きくて味もよかったです。これで500円は大満足の値段でした。

また食べたいと思い,どこかのレストランなのかと思い聞いてみると,天久保にお店があるということで,ビラをくれました。

市内にもたくさんのエスニック料理のお店がありますが,今までなかなか行ってみる機会がありませんでした。こういうお祭りの時に,そういったお店が出店して手頃な値段で商売してくれると,お店・お客双方に幸せなことなのかなあと思いました。

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2005年8月29日 (月)

谷田部飛行場の遺構は…

谷田部飛行場の跡を忍ばせるものはないものかと思い,「飛行場橋」周辺を歩いてみました。

yatabejinjya1 「谷田部神社」です。かつて,谷田部飛行場内にあったものを戦後,現在の位置(8/26「飛行場橋の謎」の地図参照)へ移設したそうです。覆屋の中にかつての神社が鎮座しています。毎年,11月23日「勤労感謝の日」に谷田部航空隊の関係者が集まって慰霊祭が行われているそうです。
※[訂正]11/23日に行われているのは関係者の慰霊祭ではなく,地域の方々が中心になって行われている谷田部神社の例祭だそうです。そこに,当時の関係者をお招きされているようです。(06/11/23)

神社の近くで農作業をされている方がいらしたので,お話を伺うことができました。戦後に近くの地区から嫁いでこられたということでした。昭和30年代までは,滑走路のコンクリートが残っていたこと。その後,農場として開拓され,やがて石をどけてやっと畑として使用できるようになったころに農林省の研究施設建設のために土地を買い上げられたこと。また,現在の筑波学園病院付近には兵舎があり,その後は「結核病院(療養所?)」として使われていた,というお話でした。神社の他にも何か当時の物が残されていないか伺ったが,もうほとんど無いだろうというお話でした。

実は,他の地元の方からもお話を伺う機会があり,「あそこのお宅の塀の一部は当時の兵舎の物だ」とか「○○家の門柱は,飛行場の正門を半分に切った物だ」等の情報を得ることができた。実際,その場に行って塀や門柱を見つけることもできました。なるほど確かに古そうな物でした。しかし,個人宅の物でもあるし,直接当家の方にお話を伺い確認をとったわけでもないので写真等をweb上に公開することは避けたいと考えています。

飛行場がないのに「飛行場橋」という疑問から,60数年前の歴史をさかのぼることができました。谷田部神社の前では,60数年前この社に手を合わせ戦地に赴いていった方々の心中を考えると,現在の平和な世の中のありがたさや大切さを感じずにはいられませんでした。


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2005年8月28日 (日)

まつりつくばに 巨大目玉 出現

medaman1

その瞬間,下の娘は母親にしがみつき,上の娘はスッと私の後ろに半身をかくしました。

公園通りをそぞろ歩くカップルや家族連れの中に,突然音もなく現れる巨大な目玉。彼らの周りだけが異界へと引きずり込まれていきます。ちょっぴり寺山修司の野外劇(ほどの毒はないが)を思い出させる彼らの名は,「MEDAMAN-MEDAMAN」。

「まつりつくば」の「アートタウンつくば」での出来事でした。中央図書館からエキスポセンターの間にいくつか設けられたステージでは,様々な大道芸が熱く披露されていました。しかし,ステージから飛び出した彼らは,非日常の世界を振りまきながら始終無言で漂うのでした。

それにしても,上背はあるけれど意外と華奢な体つきは,…女性!?

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2005年8月27日 (土)

発見?!谷田部飛行場

国土地理院(つくば市北郷1番)の情報サービス館に行くと,過去に発行した地図の閲覧(無料)や複写(有料 白黒で500円)ができる。そこで,過去の「飛行場橋」周辺の地図を見てみることにした。mapyatah14c4

平成14年発行の地形図

現在とほぼ同じ。飛行場橋もある。

橋の南側には,農林水産省関連の研究施設が並び,さらに観音台の住宅地が広がる。

mapyatas43c4 昭和43年発行の地形図

常磐道はないので,当然飛行場橋もないが,国道から飛行場橋に向かう道がある。そしてその南側に,広大な農場が広がる。

かつて地元の人から,「周辺の人や大陸からの引き上げてきた人たちが耕作していた農地があり,防風林で囲まれていた」という話を聞いたことがある。

mapyatas29c4 昭和29年発行の地形図

国道と現在の「飛行場橋」と思われる場所の間に,いくつかの建物ある。かなり大きな施設か。また,病院もあったようだ。

さらにその南側には,広大な荒れ地が見られる。

mapyatas22c4 昭和22年発行の地形図

まるでそこだけスッポリ切り取られたかのような土地がある。現在,農林研究団地と観音台の住宅地にまで広がる広大な土地。ここがどうやら「谷田部飛行場」だったようだ。

また,飛行場の北側に見られる建物群は,兵舎の建物だったのだろうか。

地元出身の50代の方から,子どもの頃飛行場の跡地に遊びに行くと荒れ地の中にコンクリートの滑走路らしきものがあったという話だった。また,大きなプールや給水タンクも残っていたという話だ。

つくば(谷田部)には,確かに飛行場があった。では,現在その遺構は残されていないのだろうか。(次回,いよいよ現地へ)

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2005年8月26日 (金)

飛行場橋の謎

「飛行場橋」は,つくば市南部の国道354号線から,筑波学園病院に向かい,さらにその南側,常磐道を越えるために架かっている橋である。(ここをクリックするとYahoo地図情報へ。中央のマークが飛行場橋です。) hikoujyoubasi1 hikoujyoubasi2

「飛行場橋」を北側から見る。橋の向こうは,桜並木で有名な農林研究団地に続く。

橋のたもとには「飛行場橋」のプレートが。そして,橋の下は,常磐高速道路の流れが。

果たして,この地に飛行場があったのだろうか。「谷田部の歴史」(谷田部町教育委員会)を見ると,そこには「谷田部海軍航空隊」の名前がある。しかし,その場所等については,明記されていない。

そこで,戦中あるいは戦後の地図があれば,飛行場の位置が分かるだろうと考え,国土地理院へ行ってみる。(その2へ 続く)

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2005年8月25日 (木)

カブトムシの飼育に挑戦

8月のはじめの頃のこと。保育園に娘を迎えに行くと,娘は私の手を引いてやや興奮気味に「見てよ!○○君がタマゴから育てたんだってよ」といいながら,飼育ケースの中にいるカブトムシを見せてくれた。見ると中に4・5匹のカブトムシがえさを食べていた。

「うちでも飼おうよ」という次の展開は火を見るより明らかだ。今まで,虫やザリガニを捕ってきても,次の週末には同じ場所に逃がしに行っていた。ちょうど1週間ぐらいたつと娘たちの興味も薄れ出すし,世話をする親にとっても,生き物たちにとっても(?)都合がよかった。

しかし,そろそろ娘たちに生き物の生き死に関わらせるのもいいかな,という思いもあり(本当は,私自身がおもしろそうだ!と思った?),前の週に捕まえてきたカブトムシの1ペアを継続して飼ってみることにした。さっそくネットで調べるとヤマトさんの「カブトムシVSクワガタ」http://homepage2.nifty.com/kabutokuwagata-yh/index.htmlが大変詳しく書かれていたので,参考にさせてもらいさっそく飼育ケースを用意した。kabuto

ホームセンターで衣装ケース(500円弱)と腐葉土(20L?円)を購入。雑木林で朽ち木と葉っぱを拾ってくる。ケースの下に腐葉土を10cmほど入れる。

と,いうのが実はお盆の頃のお話でした。

そして,現在は…

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2005年8月24日 (水)

81年前のつくばエクスプレス

本日,めでたく つくばエクスプレスが開通した。

しかし,81年前にも つくばに電車を通そうという計画があった。鉄道の名は「常南電気鉄道」。土浦から谷田部,そして水海道までの路線建設を目標としていた。その一部,小野川村今泉(現つくば市)から,谷田部町下台町を経て駒形(現つくば市)に至るまでの区間の工事が大正13年(1924年)に始められた。しかし,ついに完成を見ることはなかった。

現在,その遺構らしき物は確認できないが,谷田川に架かる橋に「電鉄橋」の名を残している。また,橋のかかる道路は,水田の中を通る道としては幅が広く直線的であることも分かる。

dentetubasi2 平成6年に竣工した橋の欄干には,鉄道の車輪がデザインされている。dentetubasi3

道は,駒形団地まで続いている。中央奥の切り通しは,81年前に作られた物だろうか?

「常南電気鉄道」土浦-谷田部間は,なぜ完成しなかったのか? 実は,常南電気鉄道は,土浦-阿見間の工事も同時に着工していた。こちらの方は,完成し大正10年(1921年)根崎-阿見間(4.1km)を開業し,後に根崎-土浦間(0.5km)を延長している。そのため多大な建設費を必要とした会社は,谷田部地区で「デモンストレーション的な意図」によって工事を行い,谷田部の人々から株式募集を行ったのではないかとも言われている。しかし,「常南電気鉄道」は,昭和13年に廃業している。
参考:「谷田部の歴史」谷田部町教育委員会(1975年)


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2005年8月23日 (火)

謎の「電鉄橋」と「飛行場橋」

市内に「電鉄橋」と「飛行場橋」という橋がある。「電鉄橋」は,谷田部地区の谷田川に架かり,「飛行場橋」は,同じく谷田部地区の高速道路に架かる橋だ。しかし,周辺に電車は走っていないし,まして飛行場など無い。

以前から気にはなっていたので,このお盆休みに少し調べてみると…

つくばエクスプレス開業に,そして戦後60年にふさわしい事実に出会うことができた。(Coming Next!)dentetubasi1


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2005年8月22日 (月)

コオニユリ

kooniyuri TX(つくばエクスプレス)沿線開発地域に隣接しながら緑地として残される林に行ってきた。かつては,松林であったようだが,すでに枯れてしまいススキの原となっていた。その中に,所々にオレンジ色の花が咲いていた。

オニユリと比べて,コオニユリは花輪はやや小形で,葉の付け根にムカゴができないそうだ。

あたりをよく見ると,オミナエシやワレモコウも咲いていた。お盆をすぎると心なしか,日差しも一時期よりは弱く感じ,吹く風も心地よく感じられるような気がした。

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2005年8月21日 (日)

マラリア防ぐ蚊帳の収益で学校建設

住友化学に親類縁者が勤務しているわけではないのだが,以下のニュースを目にし「日本の企業もやるもんだ」と思った。

アフリカでマラリア予防の蚊帳を売った収益の一部を使い,住友化学がタンザニアとケニアで小学校の校舎と寮を建設する。…住友化学は,約10年前,繊維をつくる際に殺虫効果のある薬品を練り込む技術を開発。効果が長持ちするためWHOやユニセフが注目し,購入し始めた。今年度出荷量は,4年前の1,000倍の2,000万枚の見通しだそうだ。(朝日新聞 8/20朝刊より)

さらに「やるもんだ」なのは,今まで生産は中国中心だったが,生産技術を無償供与したタンザニアの繊維会社の工場でも約1,000人が雇用され,出荷が本格化しているという。

「ケニアに新婚旅行に行った」「もし宝くじ3億円が当たったらというアンケートに『アフリカに学校を建てて校長先生になる』と答えたことがる」という個人的な体験で,アフリカに対してひとかたならぬ関心を持っている私としては,健康福祉・雇用・教育というアフリカの抱える問題に鋭く迫る住友化学にエールを送りたい。(まぁ,企業の思惑というのも当然あるのだろうけど)

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2005年8月20日 (土)

花火大会

hanabi2家に帰ると娘たちが「花火に行こうよ!」としきりに言っている。数日前に,「今度の土曜日は花火大会があるんだよなぁ」と何気なく言ったのを覚えていたらしい。その時は,何の反応も示さなかったのに…こういう事はしっかり聞いているのだ。

すでに6時を回っていたが,あわてて江戸崎に向かう。国道から少し入った水田の中の農道に車を止めた。打ち上げ場所からは2.5km位離れているが,車が渋滞するのも,長く歩くのも面倒なので,ここらでよしとした。風がよく吹いて気持ちよかったのだが,娘たちは寒い寒いと言いだし,車の中から窓越しに眺めていた。まあちょうどいいか。

打ち上げ数12,000発だそうだが,田舎の花火大会にしてはなかなか見応えがあった。それにしても,江戸崎上空は,よく飛行機が飛んでいる。しかもかなり大きく見える。一度,飛行機の上から花火を見てみたいものだ。

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2005年8月19日 (金)

初めてのキャンプ

rokuto2 知人に誘われてキャンプに行ってきました。

娘たちは,初めてのキャンプに大喜び。キャンプの意味もわからずに数日前から「キャンプだ,キャンプだと」大騒ぎでした。

自宅から車で30分。畑の先にこんもりと茂る雑木林の中に,そのキャンプ場はありました。素敵なキャビンが本日のお宿。中は清潔でバス・トイレ・ベット完備。おまけにクーラーから電子レンジまで備えられているのには,驚きました。(暗く湿ったバンガローのイメージしかない私には,なかなか新鮮でした。)rokuto1

娘たちも森に探検に行ったり,食事の準備にと大張り切り。野菜を切っても,炒めてもボロボロとこぼす有様でしたが,そんなことに寛大になれるところがキャンプでの食事のいいところでしょうか。

食後の花火もやって,新しい友達ともすっかりなじんだころ「それでは,そろそろ失礼します…」と言い出さなくてはなりませんでした。私の仕事が明日あるために帰ることになっていたのです。娘たちにとっての初めてのキャンプはお泊まりなしの「ディキャンプ」になってしまったのです。それでも帰宅後,ベットの上で「今日は,ぜぇ~んぶおもしろかったねぇ」という娘の言葉に嬉しくなる父でした。

今まで,週末は家族で過ごすことが多かった我が家ですが,娘たちが大勢の人たちに関わってもらい,その中で家族と接する時には見られないような表情や行動が見られ,親としてもおもしろい一日でした。

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2005年8月18日 (木)

夏の雑木林

kunigi_mori 私の住む つくば市 は,1970年代からの開発で多くの研究施設や大学,そして住宅が造られてきました。しかし,ほんの少し中心部を離れると,まだまだ緑豊かな田園風景が見られます。

kunigi_kabuto 雑木林の中には多くの生き物が見られます。

カブトムシやスズメバチが樹液をもとめて押し合いへし合いする,わずか十数メートル先には宅地の造成が進んでいます。

そして,その先には来週開通するつくばエクスプレスの高架橋が見られます。

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2005年8月17日 (水)

はじめまして

はじめまして。平左衛門です。

30半ばでの遅い結婚をするまでは,雪だ!岩だ!深山幽谷だ!と遊び回っておりましたが,結婚・子育てをするうちに,妻の顔色と娘たちの笑顔に振り回される日々を送っています。

雪の稜線や深山幽谷は遠くなりましたが,代わりに娘たちと歩く道ばたの小さな生き物や開発によって日々変わる街の様子などが気になり出しました。

そんな日々の変化(あるいは変わらぬもの)をここに残していきたいなと思っています。

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